私への信書

少なくとも私は不幸なことに酔ってしまって、周りに迷惑をかけてもなんとも思わないような人間にはなりたくない。自分が不幸だろうと幸福だろうと地球は回っている。その人に課せられたものを行う義務がある。「不幸」はそれを放棄する言い訳にはならない。「私は今何もできないくらい不幸」なら、オトシマエ付けてから一人でぐるぐる回ってなよ。周りの人間に迷惑かけんな。自分への戒めをこめて、反面教師にすることにする。

要するに、みんな、しゃべりたいんですよ。こうしてここにこんな駄文を書き連ねている私も含む。ブログがこれだけ普及しているのがその証拠。私たちの世代はそれを分かっているけど、わかってない世代がなぁ。「自分の話しを聞いてもらう」ことはサービスだということを理解して欲しい。

Q.E.D.(訳:ほおらね、やっぱり)