『桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)』清水潔

某大手書評サイトのレビューを読んで、読みたくなりました。読み始めたら一気に読了。「桶川ストーカー事件」は、流石に私も記憶にあります。被害者が美人女子大生だったことからいわゆる「ブランド好き」などと報道されていたこともうっすらとですが覚えていました。しかしそれらの報道が警察の誘導であり、その影で警察より先に真犯人を捕らえるべく動き回っていた写真週刊誌の記者がいたことは全く知りませんでした。
警察は猪野さんの「殺される」という訴えをまともに取り合わなかった。彼女は後に自らの言葉を証明してしまったのだが、警察は犯人を捕らえることすら後回しにして、その事実の隠蔽耕作に必死である。著者の清水記者はこの事件を追いながら、周りには100名を越す捜査員やマスコミ関係者がいつも「いない」ことに戸惑う。目の前に犯人がいるのに、何故、誰も動かないのだ?
読了して、背筋が寒くなった。何かあった時、助けてくれるのは警察ではないのか?それを「仕事をしたくない」という理由で告訴取り下げを要求し、事件が起これば隠蔽工作。警察だってサラリーマンだという理屈はわかる。しかし、営業マンが仕事をさぼってパチンコに興じるのとは違うのだ。同じレベルで人の命を預からないで欲しい。
そして、警察の情報操作。「警察記者」は警察の発表をそのまま記事にする仕事であり「事件記者」ではない。警察の発表に嘘や誘導がなければそれは正しい報道だ。だが、嘘があった時、その情報を受け取る私たちはどこでそれを見抜けばいいのだろう?
今朝、いつも一通り目を通す新聞が、急に色あせて見えた。私の貴重な時間を使って、本当かどうかも分からない情報を得ることはない。

桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)

桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)