日常

普通の生活を送っている。→敵が提示され、だんだん拡大していく。→敵と全面対決。→勝利をおさめ、日常が戻ってくる。
というのがありがちな物語の構造だと思う。この使い古された構造が繰り返されているのにどうして人は新しい物語を(繰りかえしと知りながら)求めるんだろう。
日常に敵が潜んでいるところまでは、私たちの現実と照合する。けれど現実ではその敵と全面対決することはない。敵は親だったり国だったり環境問題だったりするだろうけれども、個人レベルでそれらの敵と全面対決することは、あまりない。現実において個人が闘うということは、結局組織の一員として何らかの働きかけをするだけのことであり、相手に石を投げることではない。